城下町の保管庫

戦果の保管庫

【聞き取り】ある父親の記憶

⦅電子音⦆
私とお母さん、本当はどっちに生きてて欲しかった?
子供じみた質問だ。
世界はそこまで単純に出来てはおらず、二者択一ではいこちらですと即答できることの方が少ない。
故に、大人はそんな馬鹿げたことを聞きはしない。
しかも、聞いた相手がどちらを答えようと、浅からぬダメージを与えてしまうような極めて不躾な質問をだ。
子供じみた質問…。
しかし、裏を返せば、無垢な子供だからこそ深く切り込めることもあるのだろう。
本質とは本来、単純なものなのかもしれなかったが、結果私は言い淀んでしまった。
何馬鹿なことを言ってるんだ、2人とも生きていて欲しいに決まってるだろ?
模範回答がそれだということは解りきっている。
父さんにとって姫子もお母さんも特別な存在なんだ。どちらか選ぶなんてできないよ。
続く言葉は大方そんな所だろう。
しかし私には、それが最善だとは思えなかった。
そんな子供騙しの建前では、この問題に向き合えないと感じたのだ。
妻が病弱だということは結婚前からわかっていた。
それを承知で求婚したのは、残りの人生、彼女を支えて生きていきたいと心から思ってからだ。
そんな妻が子を授かったと知った時、湧き上がる喜びの奥底で、じっとこちらを見つめているヒヤリとした感情の存在を初めて認識した。
そして私は逡巡してしまった。
果たして、妻の体は過酷な双子の出産に耐えられるのだろうかと。
私はあの日、一度選んでいる。
生まれてくるはずの姫子達を殺し、妻の命を取るという選択を。
特別な存在?どちらか選ぶなんて出来ない?
ふっ…
私はどんな顔で話せばよかった?
あの日の女の子に。あの無垢な瞳に向かって。
結局、私の選択が、その提案が実行される事はなかった。
私の脆い信念よりも、妻の決意は固かったのだ。
妻の命を守るという決断は、妻の魂を否定することになるのではないか。
人が生きると言うのはどういうことなのか。
朧げだったその輪郭を掴もうと、私は、必死に考えた。
楽観主義者になれないのは幼い頃からの性分だが、来てもいない未来に怯えるのは、愚者の行いであることに相違ないと思った。
しかし私は、選択を誤ったのだろう。
来てもいない未来は、来てしまった過去となり、無邪気だった娘は、口数も少なくあまり笑わない少女へと育った。
男手ひとつでは至らない点も多々あったと思う。
それでも必死に育児と向き合ってきたつもりではあったのだが。
ミルクは人肌。背中をトントン。
見よう見まねの子守唄。
離乳食から幼児食へと。
慣れないながらも愛情込めて。
洒落たケーキとかわいい洋服。
勝手わからぬ肌着の選択(洗濯?)。
慣れないから、向いてないから、不器用だからと言う言い訳はなんの免罪符にもならない!
そう思ってやってきたつもりだったが。
死にたい。辛い。生まれたく無かった。
娘は度々そのような言葉を口にした。
お母さんの分まで生きなければいけない
お姉ちゃんの分まで生きなければならない。
父さんより先に死んではいけない。
売り言葉に買い言葉。
言わなくてもいいことまで言ってしまっていたのだと思う。
それでも、あの子が今日も生きている。
私はその事実だけを拠り所に生きていけると自らに言い聞かせたのだ。
その言葉が呪いとなり、あの子を無理矢理、生に縛り付けていたのだとしても。
(深く息を吸い、吐く)
なんだか、私はもう疲れたよ。
鹿屋野……君に会いたい……
遺品の整理をすることで気持ちの整理もつきやすくなると聞いたことがあるが、私は君が君が死んでしまったことを、君がいない世界を、今でも認めたくないだけなのかもしれない。
君の部屋はそっくりそのまま今の当時と変わらず残してある。
鹿屋野…!もう一度君に逢いたい…!
いや、このままでは君に合わせる顔が無いな。
たとえ親子であっても、人が、人の生きる意味や目的を強制してはならないと思う。
だが、それも無く生きるのは本当に生きていると言えることなのか?
生存戦略を是とする生物としてでは無く、人間としてだ。
私はもっとあの子と向き合わなければならない。
もっと話さなければならない。
以前正解など解らない、悩んでばかりの人生だ。
だが、そんな私だからこそ、話し相手になれることもあるのだろう。
あの子の人生は、これからも続くのだから。

まだ…死にたくないなぁ
⦅電子音⦆